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英語だが、日本では本来別々のものを科学技術という一つの言葉にしてしまったのが問題だ」と言っている。
そして「技術、つまりテクノロジーはテクニックではなく学問だが、目的は作ること。
でも科学の目的は知ることだから、そこが違う」と言っている。
それに対して T は「むずかしいですね」と受けている。
たぶん当人は専門家だから十分わかっているが、読者のためにあえて「むずかしいですね」と言い、さらに「具体的に言うとどうなるのでしょうか」と聞いている。
すると H は、鳥を真似して空を飛ぶ話をいろいろしていく。
H このあいだ大学のオープン・キャンパスで「鳥から飛行機へ? 」という話をしたのだ。
人間も鳥のように空を飛びたいと思って、D 以来いろんな設計図を描いているよね。
でもそれらは、鳥が羽ばたいて飛んでいるからそれを真似てみんな羽ばたき式のものだった。
T 崖から落ちる映像の記録がいっぱいありますよね。
みんな落こっちゃって飛べなかった。
そのうちに鳥の翼が独特な格好をしていることに着目した人が、同じような形を作って空中で動かしてみたら、浮いちゃうのだよね。
つまり、翼の上側は陰圧になって吸い上げられる力が働くし、下からは押し上げる力が働くから、あれは浮くのだということがわかった。
それじゃと自動車のエンジンを付けて翼を動かすと、ふわりと浮いて進むわけだ。
それで飛行機ができちゃったのだよ。
後はそれをどう改良するかという話で、まさにテクノロジーとしてどんどん発展して、いい飛行機ができていった。
その一方で、鳥がどうやって飛んでいるかというサイエンスの話は、完全にお留守になっちゃったわけだ。
「みんな落ちて飛べなかったが、鳥の翼の形に注目した人が翼にエンジンをつけて飛ぶ飛行機を発明した。
鳥の飛び方から学んで飛行機を作ったといわれるが必ずしもそうではない。
テクノロジーのほうが一歩先に出ることもある。
科学と技術はお互いにそういう補完作用を持っている」という話をして、技術と科学という別々のものが互いに影響を与え合うことがあるという例をあげている。
「テクノロジーの目的は作ること。
科学の目的は知ること」と言われただけでは、わかったようなわからない話になる。
でも、鳥のように飛ぶために飛行機を一生懸命作るのがテクノロジーであり、鳥がなぜ飛べるのかを知ることがサイエンスであり、両者は完全に一致する同じものではないが、テクノロジーでどうやって飛べるのかを開発していくことで、「なぜ鳥は飛べるのか」がわかってくる、と言われれば理解できる。
科学技術は一つのものではなくて別々のものである例として、鳥と飛行機の関係と飛行機作りの具体例を出してきたわけだ。
T の「具体的にいうとどうなのか」という質問が導き出した一つの具体例だが、なかったら抽象的な話で終わってしまっただろう。
この具体例が一つあるだけで理解がぐっと進むし、むしろ具体例のほうが頭に残ったりする。
この「具体例をあげてください」という質問は、どこでもかなり使える応用範囲の広い技である。
具体例とは反対のようだが、いきなり本質的なあるいは普遍的な話題にずらして持ってきてしまう例をあげてみたい。
話がある程度具体的になると、その具体的な軟らかいところばかりをぐるぐる回って、どうしても深まっていかないことがある。
結局、それは世間話に終わってしまう。
一般の人がレベルの高い人と話をすると、本質的なところに普遍的な立てられないまま、話を終えてしまうことがよくある。
具体例の溝にはまった文脈を転換させる例をみてみたい。
いきなり本格的な質問に転換する例だ。
M の対談集『存在の耐えがたきサルサ』(D 社) の中で社会学者のK がかなり強引な、みごとな転換をしている。
K なんだか M さんは、自分で風を起こして浮いている凧みたいな感じがするのです。
その凧には「龍」とか書いであったりするのですけど(笑) 。
誰も風を起こしてくれないから必死に動き回って自分で風を起こすことで浮いているみたいな感じがする。
でもくるくる回ってしまわないように、舵取りのためのしっぽがついているのですね。
Mさんが次から次へと探してくる題材は、しっぽの役目をしているような気がします。
なんか変なたとえで恐縮ですけど。
M いえいえ。
でもKさんはメタファーもお上手なのに、論文では一切そういうことを書いていない(笑) 。
K では凧ついでにもう一つ聞いてみたかったのは、その凧が着地することがあるのかというか、 Mさんにとって、安住できるような共同体は果たしてあるのでしょうか?K は「 Mさんは自分で風を起こして浮いている凧みたいな感じがする。
誰も風を起こしてくれないから、自分で風を起こして浮いているみたいな感じがする。
次々と探してくる題材は、しっぽの役目をしている」と話している。
M の活動スタイルを凧にたとえているわけだ。
この比喰はわかりやすくおもしろい。
非常に具体的なイメージを持ってきている。
その次のK の質問がいきなり本質的である。
「では凧ついでにもう一つ聞いてみたかったのは、その凧は着地することがあるのか。
Mさんにとって安住できるような共同体は果してあるのでしょうか」と聞いている。
「安住できるような共同体は果してあるのか」というのはいきなり深い質問だ。
M は「うーむ」とうなっているわけである。
「僕は好きな共同体はあんまりないのですよね。
キューバがほんとうに好きかというとどうなのだろう」と急に考え込んでしまっている。
急に考えこませる深い質問をふる。
先ほどの凧の比輸は具体的だが、いきなり「凧ついでに」と、その飛び回っている凧が着地するとすれば、どういう共同体かという深い質問を投げかける。
「あれこれあれこれ言っているようだけれど、 M の理想は結局のところ何なのか」と聞いているわけである。
最も聞いてはいけない質問というか、そこを言わないで小説にするからおもしろいのであって、その答をあれこれ表現を変えながら書いているのが M の小説のやり方なのである。
このようにいきなり聞くというやり方も、対談の中で話をずらしていく時にはおもしろい。
どきっとする。
「いきなり本質的な質問にくるのかよ。
凧の話じゃなかったのか」という質問である。
このあたりは「凧ついでに」という絡みを帯びつつも、ずらしとしては本格的な深い問いへと戻ってきたいい例である。
ただ、こういう本質的な問いを連発してしまうと、今度は停滞してしまう。
普遍的すぎて、そこに慣れてしまう。
そうなると人生論的な抽象論になりすぎてしまう。
そうなったら今度は具体的な世界に戻り、話が軽くなりすぎたら本質にと往復しながら繰り返すことで、らせん的に世界が広がって来る。
基本技は、抽象的な話になりすぎたら、「具体的に言うとどうなるか」と質問する。
具体的な話が長すぎたら本質的なテーマに持っていく。
この往復運動がずらしのコツである。
自分の経験に引きつけて絡ませる。
「そのうちどこかで引っかかってください」自分の経験的な世界や興味と相手の経験世界や関心をすり合わせるのがコミュニケーションの基本だと述べたが、そのやり方の中に、相手の言葉を自分のほうに引きつけるという技がある。
あまりやりすぎると話を全部自分のほうに持っていくと思われてしまうが、ある程度引きつけるという行為があったほうがコミュニケーションは深まる。
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